最近不登校が増えているそうです。昔は不登校は少ないのですが、不良が多かったわけです。不良が少なくなったら、不登校が増えたということではないかと思います。それはなぜでしょう。
不登校の理由
昔は部活に入っても入らなくても自由でした。今は学校の出席と同じくらい部活に強制入部させています。なぜか。それは拘束時間を増やすためです。自由にさせたら何をするかわからない。だから何もできないように部活に汗を流させる。全く子供を信用していないわけです。性悪説で学校運営が行われています。ですから最近教師のブラック化が問題になり、その反動で部活の強制拘束時間を少なくしようとしています。そうするとどうなるでしょう。昔のように不良が増えてくると思います。何もしなければ。ではどうすればいいのか。子供との信頼関係を構築するしか方法はありません。それもせずにただ単に拘束時間を減らせば、不良は増えるでしょう。確実に。
不登校の是非
校庭から聞こえる生徒の声は大声で殆ど叫んでいるような感じで聞こえてくることがよくあります。学校の中で先生は絶対でその命令に従うばかりの生徒達を見ていると昔の軍隊を彷彿とさせます。このことが感受性の強い繊細な生徒を学校に居ずらくしています。先生が絶対でその陰でいじめをしたりするわけです。先生は気が付きません。先生の質の問題もあります。質の悪い先生にあたれば最悪です。これは生徒にとってみれば運不運としか言いようがありません。そこでエスケープする生徒が出てくるわけです。これを誰が責められますか。それでも世間はちゃんと出席しろと言います。少しおかしくないかなと思います。
不登校も一つの選択肢
不登校が多くなったおかげかどうかわかりませんが、学校の他にこの年代の子供たちを受け入れる場所がだんだんと増えています。今の世の中、成績優秀でいい大学に入って大きい企業に就職しても、つぶれて露頭に迷うことになる可能性も高くなってきました。それなら学校という枠にとらわれずに自分の力をつけることに時間を使った方がよっぽど大人になった時に役に立つ時代になりました。
不登校のまとめ
不登校になる理由は何か、その是非はどうかを考え、一つの選択肢ととらえられるべきである。とりあえず拘束しておけば、悪いこともできないからと安心しているような学校から飛び出すことが悪いことには思えません。一つの選択肢ととらえることが必要です。